宿命

写真は、“瞬間を捉える”という特有の表現方法があります。

例えば、絵画や彫刻に表現しきれない短い時間を表現することができます。もし瞬間的な表現でなければ、他の絵画との差異が無くなってしまい無意味なものとなってしまいます。ですので、私はそれが顕著に表現された作品や作家が好きです。例えば、セバスチャン・サルガドの写真はドキュメントを超えた写真にしか出来ない一瞬を捉えていて、その辺りに芸術を感じています。

あと、事実を捉えるというのもそうで、写真は事実を記録できる唯一の能力をもっています。戦場カメラマン、ロバート・キャパの写真はその当時世界で起っていた事実をリアルに教えてくれます。それは、一瞬を捉える、事実を捉えるといったカメラという機械をもった作家の宿命とも言える表現方法だと私は思います。

カメラは光を集めて画像にする機械的な特性上、写真家は光に対して必然的に執着する。これも宿命的だと言えます。もし、映画監督がカメラのフレーム内の細部の映像にこだわらなければ、映画館のスクリーンに拡大された映像はたちまち味気無いものになってしまう。それも映画の避けられない宿命。他にも色々と宿命があると思います。それぞれの与えられた条件がそれぞれの知覚を誘発し、作品を左右させているのだと考えます。

だとすれば、建築の宿命は一体何か?(ドキッとしてしまいますが、汗)

それは、空間(3次元)に時(時間の次元)を加えた4次元であると私は考えています。リアルに人を包み込む空間世界は建築特有のものだし、また、それが永い時間を得て存在する、またそれを望んで建築する、そのことは建築特有のものだと言えます。4次元の芸術は、建築家に与えられた唯一の特権であり宿命であると考えています。

宿る命とはよく言ったものです。それぞれの世界で作家は自分の作品に命を吹き込みます。出来る限り永く持続する空間を建築に宿したい、私は普段そんなことを考えながら仕事をしています。

PS,サルガド、キャパ、未だ見てないかたは、是非ググって下さいね。たくさん出てきます。